あるメモリアに記された記憶 ~マリアベルの日記~

■12月2日
マキナ様、あなたの研究は私が完成させます。
心配いりません、マキナ様に頂いた命と心をお返しするだけですから。


レギナスが機巧都市と呼ばれるようになる少し前の話。

マリアベルはこの都市の家庭に難病を抱えて生まれた。家は裕福で、両親は医者という医者に娘を治すよう言った。しかし、医者の返答はどれも同じだった。

『残念ながら、成人まで生きられることはないでしょう』

いずれくる悲しみに耐えられ無かった両親は弟が生まれるとそちらを溺愛し、マリアベルを娘ではなく、かわいそうな子として見るようになっていた。

『痛い、痛いよ、お父さんお母さん……』

マリアベルは体の痛みから眠れないことが多くあった。彼女の両親はそんな彼女にも『かわいそうに』としか言ってくれなかった。マリアベルはそれを繰り返すうちに理解していった。

『私は父さんと母さんにとってもうお荷物なんだ』

それから、マリアベルは自分の心を奥底に封じ込めた。誰の言葉にも愛想よく笑い、痛みも、望みも一切を口に出さなかった。苦しむ娘を見なくて良くなったと、両親は喜んだ。その代わり、彼女の本当の姿が見られるのは、部屋にある壊れた機械の人形だけになった。

それから時は経ち、寒い冬の日、マリアベルの体は今までに無く痛み出した。マリアべルは自身の体のことは良く分かっていた。死期が近いのだ。そして、あまりの痛みにマリアベルはまた『痛い』と言ってしまった。それを聞いた両親は、はっと顔を合わせ、思い出したように言った『かわいそうに』と。

それを聞いたマリアベルはポロポロと涙を流し、機械の人形を手に外へと飛び出していた。本来ならば、歩くことすらままならない体で。そして、一人の男と衝突した。

『何だ、お前は』

『痛い……痛いよ……』

『私の知ったことではない、私は急いでい……』

男が言葉をすべて言い終える前にマリアべルの意識は途絶えていた。次は人に迷惑を掛けない人生になるといいな。そう思いながら。


■12月3日 
起きると私は知らない場所でベットに横たわって居ました。不思議と体の痛みは消えていました。最初はここは天国かなと思いました。でも違うみたいでした。少しすると、あの男の人が現れました。私が外へ飛び出して、その時にぶつかった、あの人です。

『起きたか、気分はどうだ?』
『えっと、あの』
『まだ、自分がどうなったか分かっていないようだな』
『私は死んだはずじゃ』
『ふん、どうせ死ぬなら、私の研究の役に立って貰おうと思ってな』

そうなのです、私の内蔵はほとんど機械になってしまったようでした。


■12月5日
男の人のもの言いは機械的ではありましたが、不思議と悪い気はしませんでした。率直に物事を話してくれるからなのかもしれません。

『気分はどうだ?』
『痛くは無いです。今までずっと痛かったので』
『そうか、昔など知ったことではないが』
『はい、でも、何で私を……』
『ふん、ちょうどいい研究材料が転がっていただけだ。それに、延命処置にすぎない。生きられて後1年だ』
『そうなのですね』
『ああ、そうだ』

たった1年の寿命を得て、私はどうなると言うのでしょうか。


■12月14日
その男の人は今日もまた、決まった時間に必ず現れます。

『気分はどうだ?』
『今日は少し、体が痛むような感じがします』
『そうか、見せてみろ』

そう言うと、男の人は私の機械化された部分を調節しているようでした。

『痛むなら言うんだな』
『言うとどうなるのですか?』
『どうにもならんな』
『やっぱり』
『ふん、その方がお前の気も少しは紛れるだろう。痛いときは痛いと好きなだけ言え。私もより正確にお前を直せる』

この人は他の人とは少し違うのかもしれません。


■12月31日
外は雪が降っていました。雪にはいい思い出はありません。雪にも晴れにも雨にもいい思い出はありません。人らしい幸せ、それを何一つ得ないまま、生きて来ました。

『気分はどうだ?』
『悪くは無いですが、良くはないです』
『そうか』
『良いという感覚が分からないのです』
『何故だ?』
『良かったことが無いので』
『そうか』

その男の人は少し黙っていました。

『私は研究だけが生きがいだ。研究は成果がすべてだ。お前も生きていれば、これから、一つくらい成果を残せるだろう』
『私はここから出られるのですか?』

男の人はまた少し黙って、何かを考えているようでした。

『ああ、そうだな。あと一月もすれば終わる。そうしたら、好きに生きるといい』


■1月28日
『もう、いいだろう』

男の人は私に言いました。何の研究かは分かりませんが、私の役割は終わったようでした。

『後は自由に生きるといい』
『今さら、私にどう生きろというのですか』
『知ったことか、自分で考えるんだな』
『そうですか……』
『何かやりたいことは無いのか?』
『あの、研究材料になった代わりに1つだけお願いを聞いて貰ってもいいですか』
『言ってみろ』
『私を……あなたの助手にしてください!』

私が心を失ってから、これが初めての望みだったかもしれません。


■3月17日

あのときから、私はマキナ様の助手となりました。名前はあの後に聞いたのですが、マキナ様はなかなか教えてくれず、聞けたのは3月に入ってからでした。

最初はドジばかりで、怒られてばかりでしたが、最近は慣れて来たこともあって、マキナ様が怒る前に仕事を済ませられる様になりました。

マキナ様はいろいろなものを作っているようです。

今日はお前にやるといって、機械の人形を貰いました。それは、私が倒れたときに持っていたあの機械の人形でした。

壊れていたはずの人形は元気そうに動いていました。研究の気分転換に直したようでした。

そういえば、今日は私の誕生日だったけれど、マキナ様が知っているはずも無いので偶然かなと思います。


■4月15日
私は少し心配していました。それは私の両親が連れ帰りに来ないかということです。あの家には帰りたくない。私はそう思っていました。それを、それとなくマキナ様に聞いて見ました。

『お前が気にすることではない』
『でも』
『もうすでに私が話をつけている』
『えっ、それは』
『私がお前を預かる許可をもらっているということだ』
『私の家に行ったのですね』
『ああ、研究にお前のデータが必要だったからな』

もしかしたら、偶然では無かったのかもしれません。


■6月25日
マキナ様が目指している研究。それは、人の機械化ではなく、人間のような機械を造ることでした。
意思を持つ機械の創造。私の一部を機械としたのも、その研究の一貫であったのでしょうか。私の目から見ても、マキナ様はとても優れた科学者でした。

ただ、マキナ様でも、機械に心を生み出すことは出来ないようでした。


■8月12日
『あと1つ、あと1つだけ、足りない』

最近、マキナ様は研究について口癖のように言います。マキナ様は機械の心の研究には私を手伝わさせてはくれません。『お前にはまだ早い』としか、言ってくれないのです。

私はマキナ様の研究を手伝いたい。早すぎると言われても、残り少ない命、せめて、その研究が成就して、成果となるのを見届けたいのです。


■10月17日
機械の心、心とは生きているものには当然あって、そして、機械には当然ないものです。

心ある機械を生み出すのは、とても大変なように思えます。

マキナ様の助手をしている間、私は失うはずだった命、失ったはずだった心を取り戻しました。

その時間は短くとも、その時間は今まで生きていたすべての時間よりも幸せでした。人の幸せを願う、それが心なのかもしれません。

機械に心を持たせるということは、機械が誰かの幸せを望むことなのでしょうか。


■11月19日
私は倉庫でマキナ様の破棄された研究計画を見つけてしまいました。決して入ってはいけないと言われていた倉庫です。私はどうしても、マキナ様の手伝いがしたくて、そこに入ってしまったのです。
その計画とは、人の心を機械へと移植するというものでした。
そして、その最初の被験者として、ここに連れてこられたのが私だったのです。

元々、マキナ様は私を被験者として、その心を機械へと移植するつもりだったのでしょう。心を移植するというのは、命を機械へと捧げることになります。そして、それを行うための研究、設備は整っているようでした。ただ、心を移植されたものは、その機械の中で半永久的に生き続けることになってしまいます。その資料では、魂の棺と称されていました。

そして、計画を破棄することになった理由、それは……。


■12月1日
『マキナ様』
『なんだ?』

私は、マキナ様に切り出しました。

『私、お暇を頂いてもいいでしょうか?』
『そうか……好きにするがいい。お前の状態はまだ悪くない、もう少し生きられるだろう』
『最後に1つだけ、聞いてもいいですか?』
『ああ』
『マキナ様にとって幸せってなんですか?』
『言うまでもない、研究の成就だ』
『そうですか、私は私の幸せを見つけました。だから、マキナ様も迷わず自身の道をお進みください』
『ああ、分かっている』

分かっております。マキナ様。


『マリアベル。次はいい人生を歩むんだな』
マキナが研究を完成させ、レギナスを機巧都市として支配するのはこれから少し先のことになる。



2016年9月28日 水曜日

物語"希望への脱出"