“アトラクシアの決戦” 終編

●海上都市 シャングリラ

「プリシアはうまくやれたでしょうか」

シオンは一人、心配そうに海岸沿いを歩いていた。シャングリラは一見平穏を取り戻したが、不穏な感覚は未だに残り続けている。世界樹の方角には黒い月が浮かび、不安は募るばかりだった。

「シオン」

突然、声が聞こえた。それは確かに聞き覚えがあるようで、全く知らないようでもある。

「プリシア!」

振り向いた先には、プリシアの姿。しかし、何処か違和感を覚える。何故だろう。

「目的は果たせたのですか?」

「ええ、もちろん」

「そうなのですね、良かった。心配しました」

未来を変える力を貸してくれた戦友が無事だった。シャングリラも解放された。安堵に胸を撫で下ろす。先程感じた違和感は、きっと気の所為に違いない。

「シオン、一曲お願い出来るかしら?」

「はい、何でしょう? でもプリシアが、歌に興味があったなんて」

「支配者を讃える曲がいいわ。『The Ruler』をお願い」

「えっ、それは」

気付いた時にはもう遅かった。体に深く突き刺さっている、プリシアだったものの爪。

「まさか……あなたは、ヴァラン……ティーヌ様……どうして」

「言ったでしょう、私が世界だと。最後の命令よ、シオン。私のものになりなさい」

「プリシア、マリーベル、ごめんなさい……」

シオンの体と心はヴァランティーヌの持つメモリアへと吸収されていった。

「さて、この世界は終わりね。次はどこへ行くのかしら」
●世界樹 ユグドラシル

前世の記憶が鮮明なイメージとなって、かぐやに語り掛ける。

「あれは、クトゥルフを呼び出した黒い月……」

「かぐやさん、知っているのですか?」

無意識に零した言葉をシャルロッテが聞いていた。尋ねられて我に返ったものの、自分が何を言ったのか思い出せない。そう答えようとした刹那、
「ちっ、僕がこんな忌まわしき力を使うことになるとは……」

ラピスの呟きと同時に黒い月の光がアリスを貫いた。その光が細い体を傷付ける工程は誰の目にも映っていない。時間という概念を超越していたのだ。

「アリス!」

「アリスさん!」

かぐやとシャルロッテが声を上げる。二人共、何が起きたのか理解出来ていない。ただ、アリスの身に何かあったことだけは察していた。

「ぐっ……だから、私に任せろって言っただろうが!!」

アリスは意識を失い、内に眠っていたダークアリスが表に現れる。

「お前等全員、ぶっ殺してやる!」

ダークアリスは闇の魔法を辺り一面に撒き散らす。しかし、受けたダメージは余りにも大きかった。すぐに力を失い、地上へ向けて落下して行く。

「シャルロッテ、アリスを助けて、この次元を脱出するよ」

「それでは、この世界は……」

「生きている限り、また取り戻せる。これは逃げじゃない、希望への脱出」

落ち行くアリスをかぐやの兎が受け止める。もうアリスに意識は無かった。

「脱出して、このジ・アースを復活させられれば……。後はここから逃げ切れるかどうかだけど」

「どうすれば?」

「任せて、秘中の秘があるから。名付けて、兎ちゃん脱兎のごとく。兎の力で一気に離脱しよう」

「分かりました!」

「ジ・アースは壊れてしまったか。まあいい、代わりはすぐに手に入る。ただし、君達にはその代償を支払って貰おう」

ラピスが全てを吸い込む黒い球体を作り上げ、かぐやとシャルロッテへ放とうとしていた。

「もしかして、今度こそ、やばい?」

シャルロッテは聖魂とは意志の力であるという、兄の言葉を思い出す。

「かぐやさん! 私が少しだけ時間を稼いでみます!」
魂の輝きを、アリスが持つメモリアへと解き放った。すると、それに応えるように世界樹が癒しの一雫を落とし、アリスを優しく包み込む。
そして、この世界に残された意志が一つの力となり、白い盾を模して浮かんでいった。世界の最後の抵抗。その盾が黒い球体を一時的に食い止めている最中、シャルロッテは更なる魂の共鳴を感じていた。メモリアの中にある魂。けれども、それが誰かは分からなかった。

「シャルロッテ! 準備出来たよ」

「はい!」

黒い球体が世界を押し潰した時、そこに三人の姿は無かった。

「逃してしまったわね」

ヴァランティーヌがいつの間にか現れていた。

「些細なことだ。宿命からは逃れられない。それに、君は敢えて逃しただろう、彼女達を」

「ええ、まだ諦めていないもの」

「これからはイレギュラーな存在も必要になる。勝手を許そう」

「あら、ありがとう。そうさせて貰うわ」

世界樹の胎動は止まり、黒い月は空から消えていた。いや、世界が消えていたと言うべきだろう。そして、ラピスの手にはアトラクシアの世界が握られていた。


2016年10月5日 水曜日

物語"希望への脱出"