“氷棺の聖女” 第1章 -ゼロの出廬-

「フィース! どこだ、フィース! 全く、目を離すとこれだ……」

クトゥルフとの戦いから三十年。千年越しの戦いは輝夜の秘術によって終結し、世界は平穏を取り戻した。主役の一人、グリムは童話王子から英雄王となり、今はライトパレスを統治している。そのグリム王の使者が、六賢者の工房へ訪れていた。

「王より、『相談したいことがある故、六賢者の二人に至急来て欲しい』と」

「分かった。準備出来次第、すぐに向かう。すまないが、フィースシングはいつも通り『行方不明』と伝えてくれ。もしかしたら、私一人になるかもしれない」

あいつめ。私は心の中で呟く。だが、フィースが抜け目無いのは百も承知だ。グリム王の召集も予期しているのだろう。

予期した上でここにいないと考えるべきだ。約束事は何一つ信用出来ないが、その才能に関しては認めざるを得ない。

私は使い魔へと指示を出して、フィースを探しに飛び立たせる。

「しかし、グリム王は一体、何用だろうか?」

平穏な世界に影は見えない。フィースは何かを感じているのだろうか? 念の為、フィースの弟子であるメルフィにも声を掛けておく。常に寝ぼけているような所があるので、余り頼りたくはないが……。

「メルフィ、留守を頼む。後、フィースが帰って来たら、すぐにライトパレスに来るよう伝えてくれ」

「はーい」

「大丈夫か?」

「大丈夫ですぅ」

「本当か?」

「問題ないですぅ」

「嘘だろう?」

「もちろん!」

全く聞いていなかった。あの師匠にしてこの弟子あり。前言撤回だ。人を真っ当に育てる才能だけは無い。

六賢者の工房からライトパレスまでは半日程度の距離があり、その間にエルフの里がある。里から程近い所で、使い魔から連絡があった。どうやら、フィースの痕跡を見付けたらしい。ちょうどいい、通り道だ。私はエルフの里に着くと、かつてグリム王と共に吸血鬼と戦ったクリスティに出会った。

「すまない、フィースシングを見なかったか?」

「フィースさんなら、さっきまで、うちの子供達と遊んでくれていましたよ。ただ、突然、何か来ると言って飛び出して行ってしまいましたが。それも、いつものことではありますけど」

「そうか、ありがとう」

何かというのは、私のこと……か? いや、無いな。ここで避けるくらいなら、そもそも痕跡を残さずに動けるはず。

もう少し探って見る必要がありそうだ。私はクリスティにフィースが飛んでいった方角を聞き、そちらへと向かった。

だが、辺りにフィースの影は見えない。分かっていたことだが、フィースを捕らえるのは風を目で追うようなものだった。


「得意ではないが、やってみるか」

私は魔力の残滓を感じ取る詠唱を始める。アルなら瞬時にやってのけるだろうなと、千年前を思い出していた。私も六賢者の一員であるが、一番若く腕も未熟で、他の六賢者からは未熟者と良く言われていた。その六賢者は千年前の戦いで、私を除く五人がクトゥルフを封印する為に魔石となった。フィースは『本物の』赤ずきんによって復活したが、残りの四人は今も魔石のままだろう。その所在は三十年前の戦いで散り散りとなり分かっていない。

「さて、こっちか」

フィースの魔力を感じる。私は重力の魔法を使い、高速で移動する。かつて闇に染まった時に会得した魔法だった。あの時のことを思い出すと憂鬱になるが、結果的にはあの体験も無駄では無かったと考えれば、少しは気も紛れた。

「この方角には確か……」

見覚えがあった。そうだ、この先には輝夜が秘術を使い、クトゥルフを転生させた場所がある。あの戦いを体験したものならば、忘れられない土地。私にとっても、フィースにとっても。そして、もちろん、かぐやにとっても。

「しかし今は、ここには何も無いはずだが……いや」

かぐやが旅立って、もう二十年以上経つ。フィースの予感は当たり、かぐやは観測者として目覚め、次元を渡る船を作り上げて、アリスがいる次元へと行った。フィースは可愛い子には旅をさせろというが、私はずっと心配だった。

「もしかしたら、かぐやが帰って来るのか?」

「フィースが直感で向かったのがこの場所ならば、それが一番しっくり来る。って、今考えてたでしょ」

「フィース!」

いつの間にかフィースが空に浮かんでいた。どうやら私は試されていたらしい、やれやれだ。

「遅かったね。でも、ここまで来れただけでも大分進歩したよ、ゼロ。ただ、その予測は半分正解で半分不正解だね」

「半分不正解? どういうことだ」

「確かに誰かが帰って来るという予感はする。だけど、誰が帰って来るのかまでは分からない」

「かぐや以外に何が?」

「それがね、僕にも分からないんだ。白い感覚と黒い感覚が両方ある。白はかぐやだと思うけど」

フィースの言葉が冗談か否かの区別は私にも付く。フィースに分からないなら私には分かりようもない。洞察力と未来予測に関しては、比にならない能力の差があることを私は理解していた。

「だから待ってるのさ」

「ここに何かが帰って来るのは間違いないのか?」

「それは間違いない。僕の『風の知らせ』は絶対だ」

「そうか。水を差すようで悪いが、グリム王に呼ばれている。私とフィース、二人で来てくれと」

「それなら先に行っててよ。後で追い付くからさ」

「そうさせて貰おう。グリム王を待たせる訳にもいかない」

「いや、待って」

「どうした?」

「もう来る」

フィースの予感。私は万が一にも敵が現れた時に備えて即座に臨戦態勢を取る。もし、相手が強大な侵略者であったならば、ここで時間を稼ぐ必要がある。未知の敵に対しては、すぐに対抗するよりも、最初は情報と伝達が重要だからだ。

「フィース、敵が来た場合は私が食い止める。君はグリム王の元へ行ってくれ。私よりも遥かに早く辿り着けるだろう」

「まあ、僕に倒せない相手だったらね。ゼロは気負いすぎだよ」

フィースは楽観的すぎると思うが、いざ戦いにおいて、頼りになるのは間違いない。

その時、突然、空に大きな穴が空いた。それは別次元から何かが呼ばれる場合に現れる穴だった。太陽は遮られ、辺りは薄暗くなっていく。私はクトゥルフがこの世界へと召喚された当時のことを思い出していた。そして、いくつかの影が穴から出てくるのが見えた。その中には人ではない影も混じっているようだ。……来たか。

「伝達は頼んだぞ、フィース」

「あ、待って待って」

私は影の元へと移動し、素早く剣を抜く。あの戦い以降、研鑽を積んだ剣技はライトパレスでは剣聖と称されるまでになっていた。そして、影を切り裂こうとしたその瞬間、私は剣をピタリと止めた。

「だから待ってっていったのに」

私の剣の前に立ち塞がっていたのは、

「あれ、ゼロ? それにフィースも! 帰って来れた!」

かぐやと兎達だった。

「むぅ、取り越し苦労か。驚かせないでくれ、かぐや」

「ごめんごめん。……取り敢えず、あの、剣を下ろして貰ってもいい?」

「ああ、すまない」

良かった。私は胸を撫で下ろす。かぐやが無事に帰って来たことの喜びを、本人に悟られないよう平静を装うのに必死だった。

「かぐや、どうだったの次元旅行は? それに一人じゃないみたいだけど」

フィースが話し掛ける。傍らには見知らぬ少女と、もう一人、あれは確かアリスだろうか?

見た目はさほど変わらないが、彼女の存在自体が前よりも異質なものに感じられた。

むしろ、見た目以外は別人と言ってもいい。

「もう、ちょー大変だった! そうそう、簡単に言うと次元が一つ滅ぼされちゃって……えーと、だから、アリスとシャルロッテと一緒に向こうの世界を脱出して来たの」

「次元が一つ? その話は後で詳しく聞かせて貰いたいね。アリスは知ってるよ。シャルロッテは初めましてかな。僕はフィースシング。それで、こっちのいつも不機嫌そうなのがゼロ」

フィースに突っ込むのも面倒だから、ここは黙っておく。

「あの、その、初めまして。私はグロリアという所から……」

「長くなるからストッーープ! アリスが今ちょっとピンチで、早く休める所に行きたいんだよね」

アリスは意識を失っているようだった。その体には黒い紋様が見られる。

「これは闇に侵食されているな」

私はアリスを見て、そう判断した。闇に侵食されたことがある私だからこそ分かる感覚だった。向こうの世界で一体何があった? これほどの消耗、普通は有り得ない。

「うん、ちょっとは落ち着いて来てるみたいだけど」

「ちょうどいい、私達はグリム王の元へ向かう所だ。王宮ならば治療も受けられる。かぐやとシャルロッテも一緒に来るといいだろう。そこで詳しい話を聞かせて貰う。フィース、いいな?」

「え? ああ、うん。それでいいよ」

「どうした?」

「いや、何でもない」

「黒い感覚の正体はこのアリスの闇の部分だろう? それならば今は問題無いはずだ」

「ああ、そうだね。よし、グリムの所へ行こう」

フィースはまた考えこむような顔をする。今の私には、その理由は分からない。

“氷棺の聖女”次章に続く

物語"氷棺の聖女"

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