“新世界童話 リ・アース” 第3章-水の星より希望を込めて-

その場所はリュラが囚われていた古びた神殿よりも、さらに強力な魔術で封印されていた。久遠の塔と呼ばれる場所、この世界の人々が名前すら知らない場所だった。アルハマートの魔術は認識や記憶までにも干渉し、久遠の塔は誰にも認識されること無くこの世界に存在していた。それはラピスでさえも例外ではない。しかし、ラピスはアルハマートを倒せば、それが認識できるようになると考えていた。そして、その読みは的中していた。

ラピスによって、久遠の塔に囚われていた竜の巫女が覚醒する。

『やっと会えたね』

『あなたは?』

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『僕はラピス。目覚めの気分はどうだい? 創造主から枝分かれし力の1つ“時還”を持つ巫女よ』

『いえ、これはただの忌まわしい力に過ぎません』

『忌まわしくない力など無いさ。邪魔者を掃除したら、また来るよ。それまでに覚悟を決めておいて欲しい』

ラピスはその力の存在を確認すると、再び空へと飛び立っていった。

ミリアムがパンドラを連れ、レファースへと降り立ったとき、既にレファースはユグドラシルの上空へと辿り着いていた。城の至る所に戦いの跡が見て取れる。ニャルラトホテプとウムルの戦いが壮絶を極めたのだろう、赤ずきんとメルフィは傷だらけではあるものの無事だったが、ニャルラトホテプとウムルの二人はどこかへと墜ちていき、消息は不明だった。かつて、赤ずきんがニャルラトホテプと戦ったときと同じように。

『あいつが、簡単に死ぬわけが無い』

ルミアは冷静であるように努めてはいたが、その声は少し震えていた。

『ごめんなさい、ラピスが戻る前にアリスを解放しましょう』

ルミアは毅然とした様子をすぐに取り戻す。弱さを見せている暇は無かった。

『ええ、私に任せてください』

パンドラが一歩前へと出る。ミリアムの不思議な力の源流がパンドラにあると、ルミアはそう考えていた。パンドラがどのようにして、この世界へとその力を持ち込めたのかは分からない、しかし、今はそれに賭けるしかなかった。

『母さん、何か思い出したの?』

『いえ、でも、分かるの。あの封印と同種の力が私に眠っているのに。あの古代の魔法がこの世界に蘇ったときから、私の中にも何かが蘇ってきているの、それが、何かははっきりとは分からないけれど……。でも、良く聞いて、ミリアム、私に救う力があるように、あなたには討つ力が備わっています。あのラピスを最後に止められるのはミリアム、あなただけなのです。だから、これから先に何があっても振り向かず進みなさい。分かりましたね』

『……はい、母さん』

ユグドラシルへ向かって、パンドラの奇跡の力が捕らわれのアリスを包み込む。それは、黒きエクスカリバーの呪縛と共鳴するように輝き、それを解いていった。そして、解放された時、アリスは2つの存在へと弾け分離する。アリス、そして、ダークアリスの2人へと。ユグドラシルによって融合された2人の存在が、ユグドラシルから解放されることで、再び、存在を分かったのだった。

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『アリスさん!』

『みゃおー』

心配する、シャルロッテの声に反応するように、シュレディンガーの鳴き声が辺りに反響した。さらにそれに反応するようにダークアリスが目を開きにやりと笑う。それから発せられるのは、純然たる殺戮の意志。

『やっとクソッたれの体から自由になれたわね。さあ、シュレディンガー、行くよ!』

『待って』

同じように目覚めた、アリスがダークアリスを制止する。2つの存在はまた、別の個体として相まみえたのだった。

『何? もう、あなた達に危害は加えない。けれど、指示も受けない。それに、あいつをぶっ殺すことに代わりは無いでしょ』

『ええ、だから、私があなたに付いていくの』

『今の私じゃ、やれないっていうの?』

ダークアリスの黒の波動が広がり、辺りのありとあらゆる生物の行動を縛っていく。かつて、七王達の行動を縛った影の結界。その強化版をダークアリスは展開して見せた。目覚めたダークアリスはアリスとの融合、そして、黒きユグドラシルとの接触を経て、その力を大幅に強化していたのだった。

『か、体が動かない……』

シャルロッテだけではない、ここに居る、他のものも自由を少なからず奪われていた。

『みんな、無理に動かないで。すぐに解除するから』

しかし、アリスだけは別だった。全ての影響を拒絶するかのように結界の中を自由に歩いていく。アリスの通った道には蒼い筋が描かれ、それが淡い光となって広がっていく、そして、それは結界全体を覆い、影の結果を霧散させた。

『あなた1人では勝てないのは、前の戦いで学んだでしょう?』

『ちっ、勝手にすればいい。でも、あいつを殺るのは私、絶対に忘れないで』

『ええ。分かったわ』

アリスはそう言うと、状況を確認するように辺りを見渡す。誰かを探しているようだった。

『シャルロッテ、かぐやはどこにいるの?』

『えっと、かぐやさんと六賢者のおふたりはライトパレスに残っています。敵が向かって来ているからって、それを片付けたら、ラピスの元へ向かうから、そこで合流しようと言っていました』

『そうなのね。かぐやの気配が前の時と違ったから、気になったのだけど』

『それは、あの、いろいろあって昔の姿に戻っているからだと思います。アリスさんは、この世界の今までの出来事は知っているのですか?』

『ユグドラシルと感覚を通して。ある程度は分かっているわ、少なくとも今の敵があのラピスと言うことはね。ルミア、ジ・アースはある?』

『ええ、もちろん』

アリスが、故郷であったレガリア、ジ・アースを手に取る。

『何をするの?』

『戻すの。完全には無理だけれど、水と希望に溢れた星、私の故郷を再び宇宙へ』

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アリスの力によって、ジ・アースが輝きを放っていく、それは、浮かび上がり、空へと飛び立っていった。刹那の後、蒼い光を放つ星が空に灯る。その隣にかぐやが再生した月を伴って。
そして、そこから照らされる蒼き光はそれを故郷とするもの達を力を分け与えるように、やさしく包み込んでいた。

『私はダークアリスと一緒に動くわ、ラピスの動きも分からない以上、纏まっているのは危険だし。ここからは別行動にしましょう』

アリスはそう言って、ダークアリスと共に空へと飛び出していった。

『赤……いえ、ニャルラトホテプの魔力の供給が無くなった以上、この城も空へは留まってはいられないわ。私達も地上へ降りましょう』

ルミア達もまた、再び地上へと戻るのだった。

『あいつらだって、捨て駒くらいにはなるわ。相変わらず甘いことを』

レファースを飛びだったダークアリスは不満そうに話す。

『いいえ、あなた1人だけではもちろん、私達だけでもラピスには勝てないわ。それを忘れないで』

『みゃおー』

ダークアリスは答えない。代わりにシュレディンガーが鳴き声を上げたのだった。



―その頃、ライトパレスでは。

『お父様……』

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ゼロの剣が最後に残された清十郎の三女を切り裂いた。
ライトパレスではかぐや達が戦いを終えていた。そこでは、御影清十郎とその娘達が地に伏せていた。既に彼らに動きはなかった。おそらく、その命さえも。

『グラスバレスタ、これで良かったのでしょうか?』

グラスバレスタはリリアス・ペタルに戦いの助力を要請していた。御影と少なからず因縁を持つ2人であったが、その長き戦いに勝利したにも関わらず、浮かない表情をしていた。

『御影清十郎は明らかに最初から何者かに力を奪われていました。永劫の力を持つ彼が、こんなにも簡単に倒れるはずがありません。いや、倒れるという概念に捕われることすらおかしいはず』

『ああ、だが』

『そうだ。今はそれを考えても仕方があるまい。敵を撃退したならば、速やかにミリアム達と合流し、ラピスを討たなくてはならない』

グラスバレスタの代わりにゼロが答える。その時、グラスバレスタは、また、別の事象に考えを巡らせていた。そして、傍らで月を見上げるかぐやに話しかける。

『お嬢、最後に御影と何を話していたのです?』

それは、かぐやが死の間際の御影清十郎に何かを聞いていたように見えたことだった。

『いえ、少し、昔の話を聞いていただけです』

かぐやが見上げる空には、月と、そして、いつの間にか蒼い星が浮かんでいた。蒼い光はかぐやを照らし、その力と決意をさらに強くしていった。

“新世界童話 リ・アース”第4章へ続く

物語“新世界童話 リ・アース”