“新世界童話 リ・アース” 第6章-光と闇の童話 [後編]-

ユグドラシルの瘴気が空を覆う。星や月からの光が届かなければ、アリス達の力が十全に発揮できないことをラピスは知っていた。光の陰りは力の陰りを生む。

『希望は潰えた』

『あなたが決めることではないわ!』
アリスが答える。

『なによ、打つ手はあるの?』

ダークアリスがアリスにだけ聞こえるように話す。

『いえ、待つしか無いわ、ユグドラシルの動きが止まるのを。協力してくれる?』

『……ふん、仕方ないわね』

『ありがとう』

『みゃお〜』

再び、代弁するようにシュレディンガーが鳴き声を上げるのだった。


ユグドラシルの根へと向かうパンドラ達の戦いも激化していた。
アルハマートを失い制御不能となっていたヴィオラ、そして、七曜の魔導師の最後の生き残りであるルナらの襲撃によって、ルミアやシャルロッテ達は戦いの場へ残り、パンドラ、ミリアム、そして、グリムとゼロをユグドラシルへと先行させていた。しかし、そこに現れたのは新たなる刺客。

『ラピス様の為に死んで貰う。この魂に代えてもな』

シルヴィアだった。そして、電光石火の攻撃がパンドラを狙う。それを、ゼロがギリギリの所で受け止めた。

『そうはさせない』

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ゼロには守りたいものがあった。しかし、この戦いで多くのものを失ってしまった。それは、ゼロの心に悲しみと新しい覚悟を刻みつけていた。この世界が救われるように、願わくば、今、居るすべての仲間と共に。私の全ての力を使い果たしたとしても。

シルヴィアとゼロの剣が幾度も交錯する。シルヴィアは一呼吸の間に致命傷となる攻撃を何十回と繰り出していた。竜の膂力、ラピスに付与された魔力が、シルヴィアにさらなる力を与えていたのだった。ゼロはそれらを正確無比な剣術で弾き返していく。しかし、反撃に転じる隙は見られない。

『ミリアム、聞こえるか』

『はい、師匠』

『すぐにユグドラシルへ向かえ』

『でも』

『私は大丈夫だ。いや、むしろ、私から離れていてほしい、巻き添えにならないように』

ゼロの覚悟が言葉へと乗って、ミリアムへ伝わる。

『分かりました』

『後、次に無事に会えたら、私の事はゼロと呼べ。お前は未来の王だ』

『……はい』

ミリアム達はその場を離れ、ユグドラシルへと向かった。ミリアムはゼロの目が見たことが無いほど冷たいことに驚いた。それは、秘めたる怒りの深さを表しているようだった。

『逃さない』

シルヴィアが追う。その目的は古代の力を持つパンドラ。

『させないと言ったはずだ』

シルヴィアは動きを止める。シルヴィアの回りには、いつの間にか、ゼロの守護円がこの場を隔離するように展開していた。


『無理に通ればただでは済まない』

『殊勝なことだ。その身に代えても守るつもりか』

『そうだ。ただ、お前からじゃない……私からな』

ゼロには2つの力があった、光の魔術と闇の魔術。それぞれならば制御可能な力であっても、同時に、そして、全力で解放したことは今だ無かった。ゼロの魔力の容量は他の六賢者に比べて大きくはない、しかし、2つの相反する魔力のチャンネルを使って、その反発する力を魔力へと変換し、爆発的な力を得ることは理論上は可能だった。ただ、力そのものが制御不能に陥る可能性も高い。そのために守護円を張ったのだ、もし、一時的に力が暴走してもミリアム達が大丈夫なようにと。
ゼロは闇の魔術を増加させていく、光の魔術と同時にこのレベルにまで引き出したのは初めてだった。

『来い、ラピスの眷属』

低く透き通った声は冷たいながらも奥底で燃えるものを感じさせた。ゼロは光と闇の螺旋に包まれていた。侵略者への怒りそのものかのように。その力を感じながらもシルヴィアは構わずに前へと進んでいく、彼女の信念と目的が後退を許さない。さらに渾身の一撃をゼロへと叩き込むべく一歩一歩、前進する。そして、剣を振りかざし、ゼロへと叩きつけた。

『それだけか』

今のゼロにはそれを避ける必要が無かった。剣はゼロの体を斬ることなく、白と黒の螺旋によって阻まれ、そして、動きそのものを“重力”によって封じられていた。

『終わらせる』

白と黒の螺旋を伴ったゼロの剣がシルヴィアを薙ぐ。光はシルヴィアの体を外部から切り裂き、闇はシルヴィアの体を内部から破壊していく、そして、鮮血と共にシルヴィアは倒れ伏した。しかし、同時にゼロも膝を付く。

『今の私ではまだ無理があったか』

魔力の消耗度合いは光や闇の魔術の単体での使用とは桁が違っていた。短期間の戦闘でもこの消耗なのだから、これ以上戦えば、ゼロも自らの魔力に飲み込まれていたかもしれない。

『私の負けだな』

シルヴィアがゼロへと話す。

『まだ、喋れるとはな。何故、そこまでラピスに忠誠を誓う?』

『お前も“何か”を命を掛けて守りたいと思っているのだろう。それと同じだ。理由など言っても分かるまい……それに戦いはまだ終わっていない。言ったはずだ“魂”に代えても役割を果たすと』

一瞬の寒気がゼロを襲う。

シルヴィアの最後の技。それは自身の魂を炎へと昇華させるものだった。体が崩れ“魂”は炎へと転化していく。そして、魂を燃やし、羽ばたく炎の鳥となって空へと跳ね上がっていった。それはそのまま、身を千切りながら守護円を突破する。その反動で小さくなった炎の鳥は、今度は槍のように先を尖らせて、消えかかった魂を燃料にしながら、高速でパンドラへと飛翔していった。

『しまった、ミリアム!』

まったく詰めが甘いんだよゼロは。どこからか、フィースの声が聞こえるようだった。後は僕に任せて少しおやすみゼロ。魔力を使い果たしたゼロはまどろみの中で意識を失っていった。

……

ユグドラシルへの干渉の儀式へと入っていたパンドラは無防備だった。炎の鳥から炎の槍へと変貌したシルヴィアは一直線へとそこへ向かう、そして、それは……

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『父さん!』

パンドラを庇った、グリムの体を貫いていた。間に合うはずもないタイミングだった。しかし、シルヴィアがここへと到達する前、一陣の風がシルヴィアの動きを一瞬だけ、鈍らせたように見えた。

『間に合ったようだな……ミリアム! お前はラピスの元へ行け。早く』

『それなら、父さんと母さんも一緒に』

『分かっているはずだ。まだ儀式は終わらない。それまでは私がパンドラを守る』

グリムは口から血を流しながら話す。

『ミリアム、後の事は頼んだぞ。優しい王になれ』

『父さん……』

『ミリアム! 行きなさい!』

パンドラの声が聞こえる。それと同時にミリアムは走り、泣いていた。後ろを振り返ることは出来なかった。振り返れば、そこを立ち去れなくなる、それが、分かっていたからだった。
グリムの体へと食い込んだシルヴィアの炎は自身をさらに高密度に圧縮させ、辺り一帯を吹き飛ばす準備を始める。己の魂をすべて燃料にして。

『パンドラ、ユグドラシルの動きは止めれたか?』

『はい』

炎となったシルヴィアが爆発する寸前、儀式は完了していた。

『そうか、良かった』

『ええ、2人で居ると昔を思い出しますね、グリム』

『ああ、そうだね』

ミリアムが走り去る後ろで、巨大な炎が弾ける音がした。

……

ユグドラシルの瘴気が消え、再び、空から光が降り注ぐ。

『力が戻った!』

アリスが自身の中の魔力を確認する。パンドラがユグドラシルとラピスの繋がりを封じたとしたら、チャンスは今しかない。

『時間は限られている、一気に行くよ!』

アリスが間髪入れず、魔力を集中させる。

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『神技“蒼の光”』

アリスの蒼き光がラピスのエクスカリバーを包みこむ。防御の魔法ではなく、対象の使用そのものを封じる魔法。効果が発揮されないことは無いが、効果時間は対象の力の強さによって異なる。そして、これは1回切りの魔法だった。

『いつまで持つの?』

『半永久的に持つといいたい所だけど、ラピス相手なら多分5分くらい。だから、今のうちにエクスカリバーを取り戻す!』

アリスとダークアリスがラピスを取り囲む。

『狙いはやはり“これ”か』

ラピスは右手に持つエクスカリバーの目を向ける。確かに動かせないね、と、余裕を持って答えた。

『これなら、僕に勝てると?』

『だから、やってみなくちゃ』
『分からないでしょ!』

アリスとダークアリスの波状攻撃がラピスを襲う。右手に携えたエクスカリバーはまだ動かない。左腕に魔力を集中させ、ラピスは2人の攻撃を受け流していた。しかし、片手での2人の相手はいかにラピスと言えど防ぎ切ることは困難に見えた。

『黒雷』

その時、ラピスの小さな言葉が聞こえた。それは、アルハマートの使用した古代魔法。ラピスはアルハマートの力の一部を吸収していたのだった。

『ヤバいかも』

『いえ、チャンスよ。あのクソッタレも強力な魔法の後なら隙が出来る』

『ダークアリス?』

『あの魔法は私が引き受けるから、その隙にエクスカリバーを取り返しなさい』

『でも、あなたが』

『本当にやられる寸前に影になって分離するわ、それをシュレディンガーに“食わせれ“ば存在は死にはしない。戻ってくるのに時間は掛かるけど』

『それでいいの?』

『いちいち、うるさいわね。ぶっ殺すのは任せたって言ってるのよ!』

ラピスから放たれる黒雷、それをすべてダークアリスが引き受けることで、アリスがラピスへと迫る。それがダークアリスの作戦だった。
『さあ、こっちよ!』
ダークアリスは闇の引力を持つ魔法を自身を中心に発動する。そして、黒雷を全身で受けると苦悶の表情を浮かべた。

『ダークアリス!』

『大丈夫だっていってんでしょ! ぶっ殺すわ……』

言い終える前にダークアリスは影へと分離した。そして、シュレディンガーがみゃおーと鳴くとせせこましく動き、猫じゃらしのようにそれらを集め始める。ラピスの姿に変化は無いようにも見えたが、確かに少しの隙が生まれていた。左腕に集中していた魔力が今は無い。
アリスはダークアリスの影を縫いラピスへと、そして、エクスカリバーを奪取するために動く。

『そろそろだね』

しかし、同時にラピスの右腕も動き始めた。ラピスはアリスの神技から“すでに”解放されていたのだった。

『私の魔法が解けた? 早すぎる!』

『前に会ったときより君たちは力を得た。ただ、それ以上に僕も力を得ているというだけだよ……さようなら』

やられる!? アリスがそう感じた瞬間。エクスカリバーに異変が起こった。
ラピスによって黒く染められたはずのエクスカリバーが本来の姿へと戻っていく。それはラピスに始めて焦りの色をもたらした。

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『これは“時還”の力』

『かぐや!』

かぐやがそこに居た。かぐやの持つ“何らか”の力がエクスカリバーへと干渉し、それを再構成しているように見えた。闇のエクスカリバーは本来の光のエクスカリバーへと還っていく。

『会ったのか、竜の巫女と。何故、あの場所が“観測”できる』

エクスカリバーは変形して、弾けるようにラピスの手を離れる。エクスカリバーは本来、選ばれし者の為の聖なる剣、資格を持たないものには剣の方が所持を拒否をする。弾かれた剣を受け取ったのは選ばれし者の1人であるアリス。最後のチャンスだった。

『アリス、今です!』

かぐやの声がアリスへと届く。

『うん、分かってる』

アリスは答える。ラピスの一瞬の動揺を見逃すことは出来ない。この戦いでの勝機は今一度のみ。

『みんな、力を貸して!』

希望の意志の力が地球を通してアリスへと集中する。アリスの、この星の全ての力を込めた、エクスカリバーの一撃がラピスへと届く、絶大な衝撃がラピスの周辺で爆発し、その空間ごと後方へと弾き飛ばしていく。だが、ラピスはまだ生きていた、咄嗟に展開した古代の防御魔法が致命傷を防いでいたのだった。エクスカリバーに力をすべて込めたアリスにも、エクスカリバーへと干渉したかぐやにも力は残されていない。

その時、大きな風が吹いた。そして、天空から竜と化したミリアムが咆哮と共にラピスへと襲いかかった。如何に強大な力を持つラピスとは言え、この星の全ての力を注いだアリス、そして、古代魔法を打ち破る竜化したミリアムの攻撃は受け止められない。逆にこれを受け止められたら打つ手は無い。アリスとかぐやは祈るように終幕を見届けていた。

……

ヴァランティーヌとの決着を付けたファリアとプリシアは遠くで光が弾けるのを見た。そして、その向こうでユグドラシルが黒き呪縛から解き放たれ元の姿を取り戻していったのだった。一つの戦いが終わりを告げる、透き通った空には蒼き星が赤き月を伴って鮮やかな光を放っていた。

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物語“新世界童話 リ・アース”