“運命の再会” 第3章-ヴァランティーヌの襲撃-

「さっぱりしましたね」

お風呂上がりのシャルロッテが呟く。

「お風呂って最高! 嘘じゃないんだな」

ルミアの心配をよそにニャルラトホテプはとっくにルーニャへと戻っていた。今は相棒の狼と供にミルクをごくごく飲んでいる。

「全くもう……」

ルミアは溜息をついた。これから先も振り回されることが明白だったからだ。

神経が磨り減るような日常へ身を置いているそれぞれに、安らぎのひと時が流れる。ライトパレスが暗闇に包まれたのは、その時だった。

「これは……」

「うえぇ、何これ」

回りの世界がぐにゃりと溶けていく。柱は歪み、床はまるで柔らかい砂のように、足を飲み込み始めた。窓の外を見れば雨が上がり、晴天になっていたはずの空が暗い霧に包まれたように見えなくなっていた。

「皆、うろたえるな」

「お兄様、これは一体……」

グリムが統制を保とうと呼び掛ける合間にも、平衡感覚は徐々に失われていく。ただ一人、ゼロを除いては。

「ちっ、これはムージュダルトの魔術結界。フィースの奴、しくじったな」

力の正体に真っ先に気付いたのはゼロだった。そして、かつて一緒に戦った仲間の力に悪意が込められているのも感じていた。いたずら好きなムージュダルトの冗談ではない。本気の悪意だった。

「見付けたわよ、アリス」

どこからか響き渡る声。それは反響し、不協和音となって、王宮の中を駆け巡る。

“敵”の居場所は特定出来ないが、分かったことがある。

「目的はアリスか」

この中でまともに動けるのは、同じ六賢者として、ムージュダルトの力に耐性があるゼロだけだ。ゼロはアリスの寝室の場所を思い起こす。アリスの寝室は……王宮の奥。

そう思うや否や、ゼロは電光石火の素早さでアリスの部屋へと向かう。

力を使い果たし、未だ眠り続けているアリスだ、襲われてはひとたまりもない。

「そう思うでしょうね」

しかし、それこそが罠だった。

「しまった」

気付いたゼロの背後には、既にヴァランティーヌが立っていた。アリスが目的であることを敢えて知らせたのは、アリスの居場所を正確に突き止め、更には邪魔者の不意を突く為だったのだ。ヴァランティーヌの蹴りが背後から襲いかかる。ゼロは咄嗟に振り向きガードするが、その衝撃を抑えきることは出来ずに大きく吹き飛び、壁へと叩きつけられた。

「この体もだんだん馴染んで来たわね。手放すのが惜しいくらい」

「貴様、何者だ」

ゼロは問いながら自らの体の状態を確認する。左腕の骨が折れたようだ。油断した。アリスが心配だったとはいえ、こんな単純な罠に引っ掛かるとは。しかし、この魔力を乗せた一撃、只者ではない。

「私は奪う者。アリスは貰っていくわ」

「それは看過出来ないな」

「私の道を遮るものは許さない。これまでだって、これからだって。だから、早く死になさい!」

突然、ヒステリックな叫びがこだまする。まだ、ムージュダルトの魔術結界は健在で、内部からの援軍は期待出来なかった。結界を解きたいが、ムージュダルトは手出し出来ない場所に居るだろう。ならば……ゼロは闇の魔力を集中させると重力を極度に増加させ、縛り付ける魔法を放つ。これによって、ヴァランティーヌは動きを封じられているように見えた。

「お見事と言いたいけれど、飽くまで一時的なものでしょう。いつまで持つかしら。それに、その体では辛いのではなくって?」

ゼロの狙いは時間稼ぎだった。フィースなら、遠くからでもこの異変にすぐ気付くだろう。しかし、ゼロの誤算は体が思ったよりも、ダメージを負っていたことだった。

「闇の魔法を込めた私の一撃は、魔力を奪い取る効果もあるの。もう限界じゃないかしら?」

ヴァランティーヌは自由を取り戻しつつあった。しかし、まさに完全に動きを取り戻す、その瞬間。空から一筋の光が差し込む。

「見付けたぞ、ヴァランティーヌ」

空から一振りの剣が降り、地面へと突き刺さる。それに続いて、白銀の人影が着地した。その躍動、無駄のない動きは美しさと強さを兼ね備えたものだった。ヴァランティーヌはその人物の“顔”に動揺する。

「貴様はファリア! 何故、生きている!?」

「答える必要はない」

ヴァランティーヌが動けるようになるまでに残された、コンマ数秒の一瞬をファリアは見逃さなかった。地に刺した剣を引き抜くと、ヴァランティーヌの元へ駆ける。

「一旦引くわ、ムージュダルト! 助けなさい!」

ヴァランティーヌはムージュダルトに命令した。だが、助けは来ない。結界によって遮断されているはずのこの場所に、いつの間にか風が吹いている。

「ムージュダルトなら、もう僕が助けたよ。と言っても、また魔石に戻さなきゃいけなかったけどさ」

「フィース!」

「ゼロはいつも詰めが甘いんだよ」

「むぅ……」

脱出手段を失ったヴァランティーヌの元へファリアが迫る。アトラクシアで体を奪われたプリシアの魂とメモリアをファリアは持っていた。必ずプリシアの体を取り戻すと誓ったのだ。

「プリシア、力を借りるぞ」

ファリアの体に獣とも取れる模様が浮かび上がる。そして、剣の一撃と兄ラースから受け取った聖魂の輝きがヴァランティーヌの体と精神を貫いた。

「この、ゴミどもが……覚えておきなさい……」

ヴァランティーヌの体から黒い霧が上がる。それは空へと消えていき、地面には先程までヴァランティーヌだったもの、プリシアの体が残されていた。

「これで、プリシアの魂を元に戻せるだろうか」

「助かった。あなたは?」

ゼロが助けに入った騎士に尋ねる。

「ああ、私は――」

その時、結界から解放されたミリアム達がこの場へと駆け付けてきた。そして、

「あ、あ、まさか……」

シャルロッテが信じられないといった表情で、ファリアを見ていた。

「お姉様!」

シャルロッテは勢い良く、ファリアに飛び付く。

「シャルロッテ、すまない。辛い思いをさせたな。ヴァランティーヌにはどうしても、私の存在を悟られたくなかったんだ」

「いいんです、いいんです……お姉様が生きていてくれただけで、私……」

ライトパレスの王宮では、喜びに溢れたシャルロッテの泣き声が延々と響いていた。

物語"運命の再会"