“聖魔大戦” 第1章-黒き訪問者-

シェヘラザードは“千夜一夜物語”に書き足された物語に目を留める。風の魔導師の消滅。想定される事象の中でも、最悪の分岐の1つだった。

「リフレクトにリフレイン、ちょっと頼みたいことがあるの」

「なんだい?」
「なあに?」

この2人は意見こそ全く合わないが、返事はいつも一緒だった。

「アーデルベルトを呼んで来て欲しいの。彼の力が必要になるかもしれない」

「わかったよ、今すぐ行ってくる」

「いえ、ちょっと待って、準備してくるから」

「そっか」
「そうよ」

シェヘラザードは2人に指示を出すと、出発の準備を始めた。目的地はリ・アース。グリム達が歴史を紡ぐ次元のことを彼女達はそう呼んでいたのだった。

「行くの?」

シェヘラザードの前に黒い少女が現れる。孫悟空が“新入り”と話した少女だった。

「ええ、もうこれから先は“千夜一夜物語”での未来視は使えないでしょう。だから、私の目で確かめなければならない」

「止められるの?」

「止めなくては」

「あなたの言葉からは“覚悟”を感じます。しかし、それはいい“憑き”をしていません」

「私にもしものことがあれば、あなたの力を借りることになるわね」

「そうですか。ならば、世界が無事であるように」

「私の無事は祈らないの?」

「もとより、それは望んではいないでしょう?」

「冗談よ。行ってくるわ。ねぇ、リフレクトにリフレイン、頼んだわよ」

シェヘラザードは遠くにいる2人に声を掛ける。

「「はぁい」」

返事は重なってシェヘラザードへと届いた。

……

その頃、フィースシングの風はライトパレスを包んでいた。

「フィース、無事でいてくれ」

ゼロが祈る。フィースが飛び出してから、わずかな時間しか経っていない。この状況を理解しきれていないものも多いが、それはゼロも一緒だった。だが、ゼロにはフィースに何かが起こったのは分かっていた。この城を大きく包む風はフィースの魔法に違いない。しかし、この広範囲の魔法はゼロですら見たことがなかった。フィースが“使わされた”状況が発生したと見るべきだろう。

「私は外へ出る。すまないが、ここは‥‥」

ゼロがそう言いかけたとき、遠くから、大きな声と共に接近する人影があった。

「あ、あれは、かぐやさん!」

シャルロッテが声を上げる。ゼロが声の方向を向くと、かぐやが兎に連れられて一目散にこちらへと向かっていた。兎に引きずられる様は滑稽に見えるが、その顔は涙でぐしゃぐしゃだった。

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「フィースが、フィースがぁぁぁ」

滑り込むように、かぐやが王宮へと帰還する。さらに勢い余って、柱へとぶつかるが、かぐやはそれすら意に介さないようだった。

「フィースがぁ、変な奴の、変な魔法で、あれで、ピンチで、私が、私のせいで私のせいで」

「かぐや、落ち着いて一つ一つ話せ。敵とは誰だ?」

「それが、空から出てきた奴で、見たこともない魔法を使ってきて、私がやられそうになって、フィースが代わりに、早く、早く、助けにいかないと!」

「落ち着け、フィースは何て言っていた?」

「早く城へ逃げろって、僕の本気の風で守るからって」

「そうか、私がフィースの元へ向かう。みんなはここを守ってくれ、頼んだぞ」

ゼロはヴァランティーヌに折られた腕を確認する。この程度ならば、戦いに支障はない。そう判断して、外へと向かう。しかし、その先に黒い少年が立っていた。

「無駄だ。彼女は消滅した。その魂ごと」

その少年はゼロへと、そして、王宮に居るすべてのものへと語りかけるように言った。

「ふざけるな。貴様は何者だ。返答によっては今すぐ……殺す」

ゼロは剣に手をかける。その拳はいつもより固く握られていた。あのフィースが死ぬ? ありえない。

「彼女を消滅させたのは遥か古代に生み出された魔法。その源は超魔法(マナ)と呼ばれる。特徴は詠唱を極端に短く出来ることにある。そして、黒き雷に貫かれたものは、魂ごと消滅する。魔石やメモリア、レガリアに魂が“記憶”されていなければ、今の世界に蘇ることはない」

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「そんなことは聞いてはいない。貴様は何者だ、と聞いている」

「あ、あいつは!」

かぐやとシャルロッテが声を合わせる。

「ギル・ラピス」

それを聞いた、ゼロが即座に動く。

「貴様が“向こう”の世界を滅ぼした奴か」

ゼロの剣がラピスを襲う。しかし、ラピスは左手を挙げると、その手でゼロの剣を止めて見せた。まるで、己の力を一瞬で誇示するかのように。

「くっ」

「アルティアの皇帝、アルハマートには今の君たちでは勝つことは叶わない。残念ながら、僕でもね。もちろん、万全でない君ならなおさらだ。それに、風の魔道師が消滅したのは僕にとっても誤算だった。君達の中ではもっとも期待できる存在だったから」

ラピスは言葉を続ける。

「しかし、倒す方法はある。それは、光と闇の共闘」

「お前に力を貸せと言うのか?」

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「正確には、僕の儀式の時間を稼いでくれればいい。“あれ”をこの世界に定着させるには少しばかり時間が掛かる」

「その後に、貴様がこの世界を滅ぼさない保証は?」

「ない」

「そんな奴の言うことなんて、聞く必要ないよ!」

風が炎の煌めきを乗せてくる。その言葉の後、炎の翼を持った少女がラピスへと突撃していた。ラピスは防御の障壁を張り、即座に攻撃を防御する。障壁によって少女は大きく弾かれるがすぐに態勢を立て直し、再び炎の翼を大きく広げた。

「体の奪還は成功したが、昔よりも、やんちゃになって戻って来たようだな」

「お姉ちゃん!」

シャルロッテが声を上げると、ファリアが王宮の奥から現れた。

「プリシア。病み上がりだ、無理はしないようにな」

「大丈夫、何か知らないけど、絶好調! ヴァランティーヌだったときの記憶が私に流れこんで来ているみたい、今なら、いろいろな世界の力が分かるような気がする」

炎の翼を持つ少女、プリシアがファリアの呼び掛けに答える。

「目覚めたか“観測者”に。なるほど、悪くない」

ラピスは冷静にいくつかの事象を観察していた。それは、自分に牙を剥く驚異でさえ、新しい戦力として、喜んでいるようだった。

「ヴァランティーヌはどこ? あいつは生きてる。今度こそ、消滅させてやるんだから。必ず!」

「心配せずとも表舞台には必ず現れるだろう。彼女は主役以外演じたくないようだからね。さて、僕からの助言だ。君たちの力なら、奴の手から光の力を奪還出来るはずだ。白き“竜の巫女”を手に入れるといい」

ラピスはそう言うと、魔法陣からニーズヘッグを呼び出し、空へと飛び立っていった。

「逃さない!」

プリシアが炎の翼を大きく広げ、ラピスを追おうとする。

「待て、プリシア、私も連れて行け」

「分かった、捕まって!」

ファリアはプリシアへと捕まると、みんなへと声を掛ける。

「あいつは私とプリシアで追う、後は頼む。シャルロッテ、無理はするなよ」

「は、はい! お、お姉さまも!」

「ふふ、分かっているさ。もう、お前を悲しませるようなことはしない。約束だ」

「行っくよー!」

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そう言った瞬間、プリシアの姿は遥か彼方へと消えていった。

「よし、私はフィースの所へ向かう」

「私も行く!」

ゼロはフィースシングの元へと飛び出していった、そして、かぐやとシャルロッテもそれに続くのだった。


“聖魔大戦” 第2章へ続く

物語“聖魔大戦”