零夜の物語|第10夜 “ギル・ラピス”

アルハマートが滅ぼし焦土と化した世界で、作り上げた空中都市の一室。

食事が運ばれてくる音がした。カチャリと食器を置いた手。思わずその手を掴む。

『ひっ』

小さな悲鳴。何かに怯えるような悲鳴だった。奴隷の少女だろうか。

『何もしないよ。君の名前は?』

16be1d4c-3ac6-422b-8ac2-9d10d30adcdb.jpg

『わ、わ、わたしのなまえは、し、しるびあ』

『シルヴィア? いい名前だね』

『え……あ、ありがとう』

シルヴィアがぺこりと頭を下げて、部屋を出て行く。部屋には、もう1人研究者風の男がいた。名前は何故だか、思い出せない。どうしてだろうか。

『僕はどのくらい寝ていた?』

『3日程です。名前を覚えておられますか?』

『名前か、ああ、僕の名前は……』

『ギル・ラピス』

そうだ。ギル・ラピス。それが僕の名前だった。父の名前はアルハマート。記憶が焼き付けられるように押し寄せてくる。そして、この世界は……滅びた世界だ。

『父上は?』 

『視察に出られています』

『もうこの世界には何も残ってないだろう。焦土と化したこの世界で何が見つかるというんだ?』

『あのお方の考えは、私にも伺い知ることは出来ません。七曜の魔導師たちを連れてお出かけになられています』

『そうか』

思い出した。彼はアリサリス、時間を研究している。唐突にラピスの頭に疑問が浮かぶ。

『アリサリス、確かお前は時間を研究していたな。一つ聞きたい、過去へ戻ることは可能か?』

caea3ca7-164f-4538-b7d8-61ce41abc32f.jpg

『不可能です。過去へ戻ることはそれ自体が大きな矛盾を抱えていますから。時間の進みの差異を利用して、未来へと向かうことは可能でしょう。ただし、着くべき未来が無ければ漂流してしまいかねませんが』

『歴史を変えるというのも不可能なのか?』

『過去の再現ならば理論上は可能です。事象の連続が時間という概念で表現されているならば、過去のある地点の物質を再構成出来れば、過去へ戻ったと考えられます。ただ、それは考えられないような膨大な魔力を必要としますし、少し間違えばこの世界を破壊しかねないものです。歴史を変えるというより、作り変えるといった方が正しいかもしれません』

『神が与えし力か』

『ええ。そんなものがあるのならです』

ラピスの中に何かが疼くのを感じた。過去の記憶はある、しかし、この記憶には実感が伴っていないように感じた。遠くから声が聞こえる。

『出せって、ここから!』

声は遠くから反響して聞こえる。牢獄から響いているのだろう。

『この声は何だ?』

『ブレイザーです。アルハマート様へ反抗したので、牢へと繋いでいます。あまり気にしませんように』

『ちゃんと手伝ったじゃねぇか。世界は滅びちまったんだろ?自由にしてくれよ!』

ラピスの中の疼きが一層増していた。記憶にぽっかりと穴が空いたような…。父はいる。ならば母は誰だ?思い出せない。過去の記憶はあるが大事なところは思い出せなかった。いや、思い出せないのではない。もともと……無いのかもしれない。

『ラピス様、どうされました』

『アリサリス。一つ、聞いてもいいかい?』

『ええ、いかようにも』

『僕が生まれたのは"何日前"だ』

アリサリスの顔が一気に強張る。それはすぐに諦めにも似た表情に変わった。

『気付かれましたか…その要素は無かったはずですが……。アルハマート様のスペアの体となってくれれば良かったのですが、仕方ありません。気付かれた場合は処分しろと言われています』

アリサリスはナイフを取り出すと、ラピスは自らの体の自由が奪われていることに気づいた

『アルハマート様の封印が施されています。動くことは出来ないはずです』

そして、ナイフをラピスへと一気に突き刺した。

『わ、わたし……』

しかし、そのナイフはラピスの身代わりとなったシルヴィアの体へと突き刺さっていた。彼女は扉の影からラピスのことをずっと見ていたのだ。

『奴隷風情が、邪魔立てを』

『お、おにいちゃん、わたしのこと、い、いいなまえって、いってくれたから、はじめて、ほめられたの』

血が吹き出し、シルヴィアは意識を失う。この出血ではもう助からないだろう。ラピスはシルヴィアを抱えながら声を掛ける。

『……ゆっくりおやすみ』

ラピスの中の魂がその力を呼び覚ます。それはアルハマートの封印を瞬時に解き放った。そして、ラピスの黒い瞳に睨まれたアリサリスは動くことができず呼吸さえも満足にいかない。

『アリサリス、僕に従え』

アリサリスに選択肢は残されていなかった。小さく頷くことしかできない。

『父が帰還したらこの国家ごと未来へと転移させる。出来るなアリサリス』

『はい。今のラピス様なら、可能でしょう』

『準備をしていてくれ』

そう言うと、ラピスは倒れたシルヴィアの体へと向く。優しく頭を撫でると、その体はラピスの持つ魔石へと記憶となって吸収されていった。

『僕の中で生きるといい』

そして、アルハマートの帰還と共にアルティアは時空の狭間へと消えたのだった。

『おいおい、助けてくれなんて言った覚えはねぇけどな』

fd2eb305-02dd-4b03-80e2-bd955bb0b541.jpg

ブレイザーと呼ばれる盗賊もここに残っていた。特に残した理由もなく、残ってしまったと言う方が正しい。戦力としては期待出来ないが、捨て駒くらいにはなるだろう。

『ラピス様、これからどうされるのですか?』

『僕が何者かを知る、その為に力が必要だ。そして、父が帰って来たときに倒せる力が』

『それには及ばないわ』

どこからともなく零夜が現れた。

『君は、この世界の住人ではないな?』

ラピスは瞬時に判断する。

『こう言えば、あなたなら理解できるはず"未来"からと』

『まさか……』

イレギュラーな出来事に対する答え。

『ここが再構成された過去だと言うのか?アリサリスも可能だとは言っていたが』

『さすがに察しがいいわね。なら単刀直入に言うわ、私の手で死んで欲しい』

『理由は聞いている暇は無いようだな。未来の僕はどうなった?』

『死ぬわ。でも、私にはあなたが何者か分かる。それは私が眼をラグナロクの眼を持っているから。私の推測では、あなたはアルハマートのスペアとして体を作られた存在。でも体だけでは腐り果ててしまうから異世界から魂を呼んだ。より強い魂を。呼ばれた魂は異世界の神竜ラグナロク。偶然もあったのでしょう、本来の力を発揮できない状態のラグナロクは魂が引き寄せられるのを防げずにあなたの体へと定着した』

afdb2b83-671b-4c19-ad57-6e7d3e61a6a5.jpg

『そして何者かもわからぬままにあなたは自らの魂の置き所を探すべく、無意識の内にその体を探し求めた。"本当"の歴史では、あなたは外の世界の次元をいくつも滅ぼした。でもその間に魂を失ったラグナロクの体がこの世界を襲撃し、5人の戦士に倒されるとその力を分割された。あなたはその一人でもある。私の父と接触し、過去に戻れば本来の体に魂を返せると思ったのでしょう。そして、10000年後の戦いでアルハマートを倒した。でも、最後にその星を守ろうとする者達に敗れた。過去の再構築の手段を目の前にしながらね。あなたなら多分時還の力を完全ではないにせよ制御出来たでしょうに』

『今過去を遡っているものは、その力を制御出来ていないと?』

『そう、過去を喰らい続ける怪物。それに喰われたものは、彼女の力となってしまう。だからあなたを会わせる訳にはいかない』

その時だった。

世界が歪み始めた。魔女の干渉が始まったのだ。

『来たわ』

ラピスは未来からの来訪者の力を悟った。深淵の闇。再構築の世界の"登場人物"に過ぎない今の自分では倒すことは出来ないだろう。

そうか、ならば……。

『いいだろう。僕の力を君に託そう、僕の中にあるこの魂をね。でも代わりに約束してほしい。この魔石も時を還るものに取り込まれないようにしてくれ』

そう言ってラピスはシルヴィアの魔石を取り出す。

『元より、魔女の狙いはあなただけよ』

『ならば過去のこいつらも頼んだよ。アリサリス、君もいいだろう?』

『元より、選択肢はありません。それにこんな時でも私の研究者としての血が震えております』

『やってくれ』

ラピスの力を吸収した零夜の剣が黒く輝き力を増す。それでもまだかぐやには勝てないだろう。でも、戦い続けなければならない。約束の時が来るまで。

“零夜の物語” 第11夜に続く

零夜の物語

FoW World - ストーリー

FoW World - ストーリー

FoW World - ストーリー

FoW World - ストーリー

FoW World - ストーリー

FoW World - ストーリー

FoW World - ストーリー

FoW World - ストーリー

FoW World - ストーリー

FoW World - ストーリー

FoW World - ストーリー