“月下の覚醒者” 第1章 回想
世界は1つ前に、時は少し前に遡る。
『というわけで、僕は思ったのさ、子供の人格形成というのは、育つ環境が大きな要因を占めるってね』
『ああ、そうだな、フィース。で、どういうわけだ?』
『かぐやの生まれ変わる前って、どんな感じだったか覚えてる?』
『物静かで思慮深い、冷静に物事に対処するといった感じか』
『それで、今は?』
『おてんばで思ったことをすぐ口に出す。おっちょこちょいで、外に遊びに出ては傷だらけになって帰ってくる』
『同じ姫でもこうなるか!』
『お前が言うか!』
『でもさ、僕のせいとは限らないとは思わないか? 冷静になって考えてみてよ、僕は一緒に遊んでいただけで、実は育ててはいないとしたら?』
『それはな、ただの育児放棄だ』
六賢者の工房と呼ばれる場所にフィースシングとゼロは居た。
かぐやが秘術によってクトゥルフを人に転生させ、その力を封じたことでこの世界には平和が戻っていた。そのときかぐや自身もまた、不死の呪縛から解放され、再び竹取の姫として転生したのだった。そして、フィースシングとゼロは赤ん坊となっていたかぐやを引き取り、ここで育てていた。
『だからさ、ゼロにも責任があると思うな、僕は』
『まあ、一時期、任せっきりだったのも悪かったが。仕方あるまい、グリム王に剣の師匠を頼まれていてな』
『グリムに? 王様に剣なんて習っている暇ないんじゃないの?』
『いや、グリム王のご子息のミリアム様だ。親に似ず、剣の才能があるらしくな。私が教えていたんだ』
『ああ、それでライトパレスの方まで行っていたのか、なるほどね、それなら仕方がない』
『だろう』
『いや、かぐやがおてんばに育つのも仕方がないってことさ』
『むぅ。まあいい、性格はともかくとしてだ、お前の魔法は教えたのか? 資質はかなりのものがあるのだろう?』
『弟子のメルフィが教えているよ。僕は万能だけど、本来は攻撃的な呪文の方が得意だし。最初は防御的な呪文が得意なメルフィの方が適任だろうと思ってさ』
『お前は教えるのが面倒くさいだけだろうに』
『バレた?』
『千年の付き合いだ。考えていることくらい分かる』
ゼロが窓から外を見ると、元気に走り回っているかぐやの姿があった。ゼロとフィースシングの教えを受けたかぐやはその資質も相まって、優秀な魔術師として成長していた。性格は生まれ変わる前とは対照的に奔放な性格となってしまったが、せっかくの新しい人生、それもよいかとゼロは思っていた。ただ1つ気がかりに思っていたのは、かぐやが最近になって、“他”の次元のことを感じ始めていたことだった。
『そうだ、フィース。最近、かぐやに変わったことはあったか?』
『空を見ることが多くなったかな?』
『私は他の次元のことを感じ始めているように思えたが』
『そうだね。僕は最初は思春期かとも思ったけど。多分、その通り』
『分かっていたのか?』
『これは僕の直感だけど、かぐやはアリスやシェヘラザードと同種の次元を渡る力を得つつあるよ。これは確信にも近い。だって、僕の直感は今まで外れたことが無いんだ』
『観測者と呼ばれる奴らの事か?』
『そうそう。その次元を渡る力の元が何なのかというのは、まだ、良く分かっていないけどさ、多分、他の次元があることのはっきりとした認識、つまりは観測が発現の要因だろうという話は前にしたと思うんだけど』
『そうだったか? むぅ、覚えていないな』
『まあ、ゼロにはあまり興味の無い話だろうね。簡単に言えば、他次元の観測っていうのは、他次元へ渡る能力が無いと認識には至りにくい。これ意味分かる? ようはあれね、風が吹くから森がそよぐのか、森がそよぐから風が起きるか、みたいな』
『ああ、鶏が先か卵が先かという話か』
『そうとも言うね』
『だから、本来は余程の事が無い限り目覚めることが無い能力じゃないんだ。余程のイレギュラーな事態が無ければね』
『つまり、そうだな、次元が何かしらの事情で無くなるような事態になった場合はありえるということか?』
『そうだね、この前来たアリスとかはその類だと思うよ』
『今回のかぐやの場合はどうなる?』
『それは‥‥』
そのとき、工房の扉が勢いよく開く。そこには、遊びに出ていたかぐやの姿があった。
『たっだいまー! どうしちゃったの2人とも変な顔しちゃって! おなかすいたすいた、ごはんの時間だよ!』
『もう、こんな時間か。そうだな、今日は何を食べたい?』
『卵と鶏の料理がいいな!』
『おい、フィース、ちょっと卵をとって来て、って、もういない! あいつめ‥‥』
フィースシングが言いかけたこと、それは、「輝夜」がかつて、アリスに渡した月の魔石のことだった。
その月の魔石はかつて浮かんでいた赤い月の魔力で作られた魔石の欠片の1つだった。それはこの世界の記憶によって、向こうの世界にいるアリスに助力するだけでなく、こちらの世界にある月の魔石、別の欠片とも共鳴していた。そして、記憶は繋がりを生み、その繋がりはかぐやに他の次元のことを知らずうちに認識させるに至っていた。生まれ変わる前の「輝夜」がこれを計算していたのかは今となっては知る由も無いが。
そして、六賢者の工房を抜け出した、フィースシングは竹藪へと赴いていた。
『しかし、僕の予想よりも、かぐやの成長が早いのは、どうしてだろう? 最近、この世界の魔力が活性化しているようにも感じる、その影響だろうか。気のせいということは‥‥ないな、僕の直感だもの』
『あー、こんなところに居た。ごはん出来たって!』
『おっと、見つかっちゃったか、僕を見つけるのが早くなったね。かぐや』
『えっへん、ずっと鬼ごっこで鬼ばかりやらされてたからね!』
『あ、それゼロには内緒だよ』
『えっ、なんで?』
かぐやが月の魔石を魔力によって変形させ、次元を渡るレガリアを作り上げるのはもう少し先の話。さらに、その後、フィースシングの元に使いが訪れるのだが、それはまた、未来の話となる。
月下の覚醒者 第2章へ続く
2016年3月16日 水曜日