“月下の覚醒者” 第5章 崩壊

炎都ヴェル・サヴァリアは、朝も夜も、そして、晴れの日も雨の日も炎によって包まれていた。あらゆる災厄の記憶が炎となってこの都市を燃やし続けており、決して消えることはない。

炎都の中心で、アリサリスは災厄を生み出し続けていた。彼の持つイフリートグラス、それは記憶された災厄を具現化するレガリア。そして、ラピスの持つレガリア、ジ・アースから抽出された災厄を記憶し、この世界へと放っていた。それをラピスとアリサリスはこう呼んでいた、十二使徒と。

『シルヴィア、お帰り。良く頑張ったね。ゆっくりとおやすみ』

ラピスは虚空と言葉を交わす。彼の目には、眷属の魂と呼べるものが見えているのだろう。ラピスは虚空との会話を終えると、アリサリスへと話掛ける。

『ユグドラシルが最後の抵抗を始めたようだ。アリサリス、ここを頼むよ、僕はアトラクシアを吸収するための儀式に入る』

『はい、ラピス様。……先ほど訪れた、彼女はいかが致しましょう?』

『お前に任せる。妄執も過ぎれば災厄ともなるさ。彼女にはその素質があろう』

『仰せのままに、私はあの世界の奴らの相手をしておきましょう』

この世界はゆるやかに、崩壊を始めていた。十二使徒は世界を混沌へと導くべく暗躍し、ラピスはこの世界を手中に収めつつあった。

そして、ヴェル・サヴァリアでは、

『燃えてる燃えてる、ここがヴェル・サヴァリアね。それにしても、暑いったらありゃしない』

かぐやがその杖をパタパタしながら、ぼやいていた。魔法によって、風を起こして涼もうとしているようだが、暑い風をかき混ぜても逆効果にしかならない。

『ぐへぇ、涼しくならない』

『おかしいわね』

『そうなのよ、風をこんなに起こしているのに、おかしいの』

『「あいつ」の気配がしない』

『そうそう、「あいつ」ねって、そっちの話か。待って、「あいつ」ってどいつよ』

『ラピスの気配が無いの』

『それって、敵の大ボスだったっけ? アリス、良く分かるわね、うーん、私にはそんな感覚は無いんだけど』

かぐやが感覚を研ぎ澄ませるような仕草をするも、すぐ、首をかしげた。

『世界樹を出てから、分かるようになったの、近くに居れば黒い感覚が共鳴するのよ』

『黒い感覚が共鳴?』

『私の中のもう一人の私が訴えかけてくるの、あいつが近くに居る、倒せって』

『そうなのね、それは、いろいろと大変って、アリス、見て見て!』

かぐやが空を見上げると巨大な炎を纏った不死鳥が空を覆っていた、その背に乗るのは、一人の赤き男。

『アリス、見てよ、あいつ、絶対悪役だって!』

かぐやはアリスの方を見るが、アリスはすでにその場には居なかった。その身は空へと飛翔し、炎の不死鳥と赤き男へと迫っていた。


『アリス早い! って見とれてる場合じゃないけど!』

しかし、その刹那、空間が歪んだように見えると、アリスの向かうべき地点には何も残されていなかった。見えるのは、不自然に赤く染まった空。

『消えた、どうなってるの?』

かぐやは一瞬、戸惑うもすぐに幻術の類だと気づく。赤と炎に彩られた幻術。

『アリス、幻術だよ!』

『幻術か、ならば……エクスカリバー!』

アリスは空の上から、エクスカリバー・エクスを掲げると、その光を円のように広げていく、それは偽りの空間を露わにする、真実の光。

その光に触れた空間がガラスのように砕けると、赤き男は再び姿を表した。

『なるほど、君はよほど、世界樹に気に入られたようだな』

『そうかしら、あなた達が嫌われているんじゃない?』

『大した違いではないさ。結局は同じ運命を辿る。さあ、君も時の牢獄に閉じ込められるがいい、あの男のように』

『あの男?』

『知る由も無いだろうがな』

『ええ、聞く必要も無いわ。あなたを倒して知るとしましょう、ラピスの居場所もね』

『えっ、ちょっと、ちょっと、私も話に混ぜてよ』


暑さは戦いの熱気へと代わり、そして、かぐやはまた、ぼやいていた。しかし、刻一刻と世界の崩壊の時は迫っていた。

一方その頃、プリシアは

『ヴァランティーヌ、ついに見つけた……』

プリシアはヴァランティーヌの痕跡を突き止め、その姿を発見していた。しかし、ヴァランティーヌの持つ雰囲気がかつてとは全く違うものになっているのに気づいてはいなかった。その身は青黒く染まり、支配への欲求は、妄執へと変化していたのだった。

『出て来なさい、プリシア』

『気づいてたのね』

『ええ、薄汚い小鼠の匂いがね、鼻に付くのよ』

『ヴァランティーヌ、シャングリラに戻れない以上、あなたは終わり。七王の仇、ここで取らせて貰うよ』

『仇? 死んだ奴に義理立てするなんて、おめでたい。いいわ、やれるものなら、やってみなさい』


ヴァランティーヌが不敵に挑発する。その気配には殺気は無く、ただただ、不気味な雰囲気を漂わせていた。

『言われなくても!』

『来なさい、小鼠』

プリシアは地を駆け、ヴァランティーヌへと素早く一撃を繰り出た。そして、あっさりと、その爪はヴァランティーヌの体に突き刺さっていたのだった。


2016年8月9日 火曜日

物語"月下の覚醒者"