“光と影のアリス” 第3章 覇王ヴァランティーヌと歌姫シオン

『帰ったわ』

『お帰りなさいませ、ヴァランティーヌ様』

『シオン、何か一曲お願いできるかしら、あなたの選曲でね。今日は気分がいいの、何もかもうまくいく、これまでもそうだった、そして、多分これからもそう』

『かしこまりました。では、私からヴァランティーヌ様に送る曲は‥‥「The Ruler」、支配者を讃える曲です。今日を記念して私からはこの曲を』

『そうね、私は支配者、私こそが世界。世界に恋をできるのは私一人』


ヴァランティーヌがシャングリラに帰還すると、即座に戦いの準備が進められた。七王を失ったそれぞれの国は、主柱を失い、混乱の渦中にあった。その隙を逃さぬよう、ヴァランティーヌは軍の編成を急ぎ、各世界への侵略へと向かうのだった。

『シオン、行くわ』

『無事を祈っております、ヴァランティーヌ様』

『安心なさい。気をつけるものなら、もうすべて排除したわ。後はダークアリスがうまく始祖の王とやらを排除してくれれば、覇道の石ころはすべて消える』

『追い込まれれば、窮鼠も猫を噛むといいますので』

『私は猫ではないの。鼠に虎を討つことはできないわ』

そうして、ヴァランティーヌは戦いの地へと向かっていった。

シオンが初めて、このヴァランティーヌの宮殿に呼ばれたのは、彼女が16歳の時だった。早くに父を戦争で失ったシオンはシャングリラの酒場で働き生計を立てていた。母との2人暮らしではあったが、彼女の歌声、美しい容姿は評判を呼び、生活には困らない程度の収入と暖かい人々に囲まれて幸せに暮らしていた。

ある日、その評判を聞きつけて来たのが、ヴァランティーヌだった。美しいもの支配する、それが彼女の最大にして唯一の欲求。シオンは宮殿へと召し抱えられ、残された母には、多くのお金が与えられた。生きる希望を失った母が、数日後に海へと身を投げたことをシオンが知ったのは、それから、数ヶ月後のことだった。

『ヴァランティーヌ様、窮鼠とは、一体誰のことでしょうか? 鼠はどこにでも居るから、鼠だというのに』

ヴァランティーヌか各地へと進撃する中、シオンは1人、シャングリラの海沿いの道を歩いていた。中心街からほどなく離れたその道は、彼女のお気に入りの道だった。ここで、1人で歌を歌っている時が彼女にとって、何もかもを忘れられる瞬間だった。

『母を奪ったヴァランティーヌ様は、今度は父を奪った戦争を始めるという。私はどうしたらいいのだろう』

海に目を向けると母のことが、遥か先にある、他の王の国を見れば戦いの悲惨さが思い浮かぶ。かつて、笑いに満ちた酒場が、今は喧騒とした、戦いの緊張感に包まれていると思うと、シオンの心は一層苦しくなった。


『でも、今の私には何も出来ない。ヴァランティーヌ様を止めることも、人々を幸せにすることも』

もの思いにふけるシオンが、何か異変を感じたのはこの時だった。海の中から、何か巨大なものが浮かび上がって来たのだった。

『ぷっはーーーー! マリー、海の中も動けるんだね、すっごいよ!』

『あまり、長くいるとサビてしまいますので推奨はされませんが、そう造られています。マスターはとてもすごい技術を持っているのです。プリシアこそ、そんなに長く息を止めていられるのですね』

『みんなに、鍛えられていたからね、さて、うまく裏に来たかな、ヴァランティーヌは外出中なのは間違いないよね?』

『私の目は集中させれば、遥か遠くまで見ることができますから、ヴァランティーヌが外出しているのは間違いないです、プリシア』

『そして、今はここには誰もいないはず、って、あれ?』

プリシアとマリーベルが海の中から浮上し、プリシアがあたりをキョロキョロと見渡すと、シオンを見つける。余りに突然のことにシオンはキョトンとしてこう思わずこう聞いた。

『もしかして、鼠さん?』

『え、鼠じゃないよ。もう、どこをどう見たら、鼠に見えるのかな』

プリシアは一応とでも言わんばかりの態度で、自分の姿をじろじろと確認する。

『あ、濡れ鼠ってこと! みずぼらしい姿だからってバカにして!』

『いえ、ごめんなさい。こちらのことです。あなたたちは一体?』

『それは、当然、秘密だよ!』

『あの、さっき、ベラベラと喋ってしまっていましたけれど』

『あっ!  ‥‥こうなったら、見られたが最後。ちょっと、用事が済むまで黙っていてもらうしかないかな!』

『プリシア。ちょっと待ってください、私にはこの方が敵には見えません』

『えっ、マリー、なんでわかるの?』

『彼女からは悲しい決意を感じるのです。私もかつて、同じようにそう思ったことがあるから、分かるのです』

『うーん、そうか、マリーが言うなら、そうなんだね。私はプリシア、それで、こっちはマリーベルで、マリーね!』

2人を見たシオンは悲壮な決意を、未来への希望へと変えていく。

『ヴァランティーヌ様、あなたに送った曲の1番は、確かに支配者を讃える歌なのです。しかし、第2番は支配者が本当に支配者足り得るか、人々が自らの「Ruler(物差し)」で計る歌詞に、そして3番では、支配者の器と認められず、支配者は反旗を翻した人々によって‥‥』

シオンは2人を再び見ると透き通るような声を上げた。

『お二人さん、私の自己紹介代わりに一曲聞いてもらえませんか? 「The Ruler」という曲を』


2016年2月18日 木曜日


物語"光と影のアリス"